| 意味不明な多数の手形 | |
| 手元の資料の中に手形貸付時に振り出された約束手形コピーがある。 1) 平成1年3月30日振り出しの約束手形。金額60万円。期日平成1年8月11日。 2) 平成1年4月28日振り出しの約束手形。金額170万円。期日平成1年8月11日。 3) 平成1年6月29日振り出しの約束手形。金額30万円。期日平成1年8月11日。 4) 平成2年3月6日振り出しの約束手形。金額320万円。期日平成2年6月6日。 5) 平成2年9月7日振り出しの約束手形。金額260万円。期日平成2年11月13日。 6) 平成2年10月8日振り出しの約束手形。金額484万円。期日平成2年11月13日。 これらの手形は全く身に覚えが無いと玉江さんはいう。また、これらの手形貸付に関しては、裁判では直接の争点とはならなかったため、その真相には不明な点も多い。ごくわずかではあるが、これらの手形に関連して、福岡高等裁判所に提出された平成10年4月10日付けの準備書面に次のような記述がある。
この文章は、玉江峰子さん自身の筆によるものだと思われる。 |
| 拒まれた定期預金類の解約 |
| ここでは、玉江さんが定期預金を解約しようとした際、萱原(かやはら)次長によって制止されたとも書かれている。「四十萬の一年もの」と書かれているので、この定期預金とは正確には定期積立金0069308(40万×12回)平成1年8月11日から平成2年8月11日までのも推測される。したがって、この出来事のあった時期は、平成2年9月前後のことであろう。 これらの貸金と預金との相互関係を記した重要資料として乙10号証がある。乙10号証には、手形のコピー、計算書、領収書等の書証類とあわせて、カネの流れを記した手書きのメモ(以下では単に「メモ」と記す。)が含まれていた。ところが、福岡高裁から取寄せた裁判資料綴りの写しには、なぜか、そのメモが、含まれていない。玉江さんによると、このメモは、保険会社に勤務する知り合いに作ってもらったものだそうだ。 これらの資料によると昭和63年11月30日にも120万円の手形貸付がなされたことになっている。この期日も平成1年8月11日である。(これを上に列挙した手形の前に挿入し、手形0番としよう。)さらに、平成2年9月5日付けの証書貸付の存在もうかがわせるが、その証書類はまだ確認できていない。(これは、撤回された借入申込書(2年9月5日付け、乙2号証)のことを指しているものと推定される。) 乙10号証から、玉江さんは、上の定期積立金0069308以外にも、定期積立金1080607(30万円×12回)昭和63年8月11日から平成元年8月11日までと、定期預金0135216(484万円)平成2年8月13日から平成2年11月13日までの2つの定期性預金持っていたことが読み取れる。これらの定期性預金が、(いつの間にか)手形貸付の担保とされていたのである。 |